前編 -追憶- 友情・仕事・カネ
Fri, November 21, 2014 19:30
銀座の蕎麦屋で僕は友人であり前職の同僚だったR君と会食をしていた。
26歳のR君は港区に住み、六本木に事務所を持ち、こ洒落たカジュアルルックで営業をする
不動産の仲介で一山当てた、いわばイケイケの経営者である。
この日僕はRから仕事のオファーを受けた。
「ジョージさん、あなたと一緒にお仕事させてください!あなたの力が必要です」
R君は同僚時代から僕に対して物件を回してくれたり、僕が経営者になってからも時間が合えば飲食店の視察や物件を見て回り、昨年僕が経営する会社が窮地に追い込まれた時も用立てを手伝ってくれた間柄だ。
その反面、彼が修得したノウハウは本物の不動産ではなく、内装や物件に付加価値をつけて転貸するという特殊な商売だった。
そして2013年秋、僕の商売が窮地に陥った、最後の引き金を引いたのも彼だった。
「ジョージさん、上野店の業績芳しくないから、転貸(又貸し)しちゃえばいいじゃないですか?私紹介しますよ!業界で物凄く強い方がパートナーなんで安心ですし」
その言葉を信じたことが間違いだった。
紹介された経営者は実は業界の中ではブラックリストに載っている輩で
業者やアルバイトへの費用未払いは当たり前、何か月か営業し、売り上げから小口、お釣り銭まで奪ってトンズラする行為を何十店舗と繰り返していたとんでもない奴らだった。
店舗、金、愛する従業員すべて失ってしまった僕に彼は
「ジョージさんだったらもう一度絶対できますよ!こんなところで立ち止まらないでください」
と励まされた。
しかし僕は人間不信というか、自分が追われるべき身でもないのに業者に追い回され、信頼していた人たちに裏切られ、生きていること以外自分が何をしているかもわからない僕の精神は完全にアンコントロール状態だった。
2014年が明け、知り合いの会社を手伝いながら借り入れをして事業の整理をしながら心と身体の具合を徐々に整えたが
夢の中で取り立てや悔し泣きをして僕を頼る従業員の夢を頻繁にみるなど傷は消えなかった。
独立を志したのが2003年、それ以降趣味の音楽や旅もせず、貯金や視察などの自己投資に費やし、気が付いたら浦島太郎のような自分になっていることに気が付いた。
お金もない、何にも持っていない-
でも、生まれた時も死ぬ時も人は何も持っていないんだ。
だったら少しだけ自由になろう-
そう決めて旅に出ることにした。
Sat, November 22, 8:20
東京駅
新大阪行”のぞみ209号”に乗り込んだ。
終着新大阪で乗り換え大阪駅へと向うと
8001レ”寝台特急トワイライトエクスプレス”は既にホームに佇んでいた。
濃い緑のボディーに黄金の帯、日本で最高の空間とサービスを提供する列車としての誇りに満ちていた。
ー幼き頃憧れたこの列車で北の大地まで行こうー
この旅のなかで何かセオリーが生まれる気がしていた。
11:51
寝台特急”トワイライトエクスプレス”は定刻で大阪駅を発車した。
淀川を渡り「いい日旅立ち」のBGMとともに「皆様の夢を乗せて~」と車内放送が流れた。
僕には夢があるのかな、、なんて考えながら昼食を取るべく食堂車”ダイナープレヤデス”の開店を待っていた。
落成から3,40年は経過しているだろうか、年季の入った食堂車はステンドグラスや真鍮の調度品、カーテンなど、何とも言えない上品な空間を醸し出していた。
車窓左手、琵琶湖が見え始めたころに注文したハンバーグステーキが運ばれてきた。
抜けるような快晴の青空、カタカタと揺れる車窓に移りゆく景色
そして、手作りのハンバーグステーキ
そのハンバーグを一口頬張ったとき、僕は感極まってしまった。
ー会社を興して親孝行するぞ!従業員増やして、店舗増やして企業をつくるぞ!金借りてどんどん会社を大きくするんだ!
だから、平穏はもう少し後で…旅行や自分の好きなものを買う贅沢なんか敵だ!会社を大きくすることだけを考えろ!家でテレビを見ている生活なんか暇人だ!ー
そう自分を痛めつけながら、痛みを感じないふりをして目をつむって暗闇の中を突っ走ってきた。
全身が麻痺するほどストイックだった自分が列車に揺られながら窓からあふれる木漏れ日を浴びながらハンバーグステーキを食べている…
たくさんの言葉を探したが、「幸せ」しか思い浮かばなかった。
”トワイライトエクスプレス”は湖西線を離れ、北陸本線をひた走っていた。
”シングルツイン”という個室で車窓に広がる立山連峰や日本海、沿線の美しい風景を独り占めしてたり、うとうとしたりと悠悠自適な旅を楽しんだ。
日が暮れ、直江津を越えたあたりで食堂車でのディナーが始まった。
フレンチのフルコースを頂き、大好きなワインを2本空けた。
列車は夜のとばりの中を羽越線、津軽線と日本海沿いを北上していた。
誰もいない、ひとりだけの部屋。
枕木の音がカタカタと響き、クラシックのBGM、優しく光る読書灯
この旅の大切な目的、それはこれから自分がどうあるか、どう生きていきたいのか考えることだった。
Rに手紙を書いた。
とても長い手紙になった。
後篇に続く